アルコールの飲めないアメリカ・ソルトレークシティ

2008年9月に成田から直行便でソルトレークシティーへ向かいました。ツアーに一人で参加しました。

長いフライトの中でいろいろな感傷に浸っていました。というのも、1990年に会社の語学研修生に選ばれて、4人の仲間と一緒にここの語学学校に通った思い出が走馬灯のように頭を巡ったからです。3ヶ月の滞在中は別々にホームステイ(4ヶ所)をして過ごした懐かしの地なのです。

ソルトレークシティーの上空から見る夜景は、当時と変わらずキラキラ輝いたダイヤモンドのようでした。

ソルトレークシティーはご存知の方も多いと思いますが、1800年代にジョセフスミスとその後を継いだブリガムヤングが、苦労してたどり着いて開拓した「モルモン教」の聖都です。昔は信者の数を増やすために、「一夫多妻」が認められていましたが、今は廃止されています。

彼らは日本人と同じで、勤勉で真面目というのが昔からの評価です。

モルモン教徒はアルコールを口にしませんので、ユタ州はドライステートといって、公の場所ではアルコールは飲めません。州公認のリカーストアーでアルコールを買って自宅で飲むか、または許可された特定の場所でしかアルコールは飲めません。私がかってホームステイした3件の家族もモルモン教だったため、一切アルコールは口にしませんでした。その代りケーキとか甘いものには目がなく、びっくりするほど食べていました。かえって健康に悪いのではと思いました。

市の中心には、華麗でかつ威厳のあるソルトレークテンプルがあり、そこから町が碁盤の目のように開けています。大聖堂に入ってキリストを礼拝しました。

1990年に訪れたときは、ショッピングモールの華やかさと、白人だけの世界に圧倒されたものでした。今回も白人以外の人種は少なかったのですが、免疫ができており落ち着いて市内観光をしました。ツアーだったのですが、できるだけ単独行動を心がけました。

マリオットホテルに泊まりました。記憶が正しければ、創業者のマリオットは敬虔なモルモン教徒で、事業で儲けた莫大な金を「寄付」し続けたはずです。昔ジョニーミラーという強いゴルファーがいました、一時ジャックニクラウスの後継者とまで言われましたが彼もモルモン教徒だったはずです。

ソルトレークシティーに3日滞在し、単独行動でレンタカーを借りて懐かしい場所を訪ねました。

WALI(Western American Language Institute)は我々が通った語学学校です。住所をもとに訪ねたら、既に閉鎖されれており、今はマンションが建っていました。元気なボーランド先生はどうされたかなと思いました。

ユタ大学も、週末よく行ったものです。今回訪ねて、守衛に事情を話したら運よく中に入ることができました。そこの図書館へ行って、しばし感慨にふけりました。

グレートソルトレイク(グレートソルト湖)のドライブは心が弾みました。ダウンタウンから砂漠を経由して約1時間、昔と変わらぬ悠々としたたたずまいで私を迎えてくれました。昔仲間たちとここで石投げをした思い出がよみがえりました。湖のそばのレストランに入ってステーキをほおばりました。

最後の日は、日本レストラン「ミカド(Emperor)」と「HIBACHI」を訪ねました。

しかし残念ながら「ミカド」は閉店して、別のショップがありました。ここのおばあさんとよく会話をしたものです。彼女はロスアンゼルスにいた日系人でしたが、第二次世界大戦のとき「マンザナール」の収容所に入れられて、戦後両親がこの地で店を開いたと、苦労話を聞かされたものでした。まだお元気なのか、死去されたのか?

幸い「HIBACHI」は商売をしており、私は名物の焼き鳥を堪能しました。店も日系人のご主人が亡くなり、息子夫婦が切り盛りしていました。

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